新潟水俣病 全被害者を救済したい
原告団長と藤野比例予定候補が懇談
日本共産党の藤野やすふみ衆院北陸信越比例予定候補(前衆院議員)は25日、新潟市で新潟水俣病の被害者7人と懇談し、身体的症状や生活の苦労、すべての被害者の救済を求めるノーモア・ミナマタ第2次訴訟の現状などを聞きました。中村たけお衆院新潟1区予定候補が同席しました。
新潟県阿賀野川流域で新潟水俣病が公式確認されて58年、国の認定基準の改悪で「水俣病ではない」と認定されず、差別を恐れたり自分が水俣病とわからず申請できなかった被害者が多く取り残されています。すべての水俣病被害者の救済を求め2013年から新潟、熊本、近畿(大阪)、東京の4地方裁判所に提訴したのがノーモア・ミナマタ第2次訴訟で、新潟訴訟は10月19日に結審を迎えます。
皆川榮一原告団長は、20歳頃から大きな耳鳴りや手足のしびれ、こむら返りなどの症状が起きるようになりましたが、水俣病への差別・偏見から、仕事に支障が出ると思い69歳まで名乗れなかったと話しました。「今も差別を恐れ苦しんでいる人がいる。原告の平均年齢も74歳で最後のたたかいとしたい裁判の勝利で、名乗れない人も含むすべての被害者の救済を実現したい」と訴えました。
1965年生まれの男性は、幼い時から耳鳴りや手足のしびれがありましたが水俣病とは知らずに長年苦しんできました。母親が水俣病被害者手帳を持っていることを知り、母親の症状がすべて自分に当てはまり、初めて水俣病と診断されました。男性は、認定基準を満たしていないとして水俣病認定を棄却されました。「同じように苦しんでいる人が多くいると思うので、裁判勝利へ後押ししてほしい」と訴えました。
新潟水俣病共闘会議の中村洋二郎議長(弁護士)は、「国には十分な被害防止と救済をしてこなかった責任がある。裁判勝利とともに救済法の拡充など政治的解決へ国会議員は力を尽くしてほしい」と求めました。 藤野氏は「身体と心の両方の苦しみがあると再認識した。お聞きした実態を国に届け、一日も早い救済を実現するため、次の総選挙では必ず国会へ戻るよう頑張りたい」と決意を述べました。(2023年8月28日『しんぶん赤旗』)